ルーレット

 悪い星の下に生まれたのだろう。男はとにかく運が悪かった。

 横断歩道に差し掛かれば信号は赤に変わり、男がトイレに行けば、トイレットペーパーはいつも芯だけ。人生唯一掴んだ幸運は、大手企業に入社出来たことだけだった。が、その会社も倒産してしまい、社屋は名前も知らない企業の手に渡っている。今男が所属する会社は、ボーナスも退職金もないゼロ歳企業だ。

 これだけ運が悪いのだ。いつかはその反動で、驚くような幸運が舞い込んでくるだろう。ひょっとすると、とびきりの美女が自分に迫ってくるかもしれない。宝くじが当選して、今までの不運を帳消しにしてくれるかもしれない。

 そんな有りもしない現実を想像するのが男の唯一の楽しみだった。

 そう、あのルーレットを発見するまでは…。

 そのルーレットは、仕事終わり、怪しげな露天商の親父から購入した。

 露天商の親父は、ねずみ男のような布を頭からかぶり、冬の寒さに震えながら客が来るのを待ち続けていた。いつもは見かけない露天商だったので、男は興味を持った。今思えば、あの時の冷やかしが男の運命を大きく変えた。

 その露天商は、汚げなブルーシートに商品を並べただけの簡素な佇まいをしていた。並んでいる商品も、古臭い鍋やオタマ、竹でできた籠など、取るに足らないものばかりだった。

 「お兄さん。なんだか浮かない顔しとるのぉ。」

 目ぼしいものがなかったので、踵を返そうとした時。露天商の親父が声をかけてきた。男は人に声をかけられて無視するような非常識な男ではない。男は再び露天商の親父に目を向けた。

 「運がないからね。運がなけりゃ、人はこんな顔になるんだよ。俺は昔から運がない。会社は倒産するし、好きな女の子は他の男に取られるし、今までいい事なんて一つもないよ。」

 「そうか、でもまぁ見た所サラリーマンみたいだからまだいいじゃないか。俺なんてこの通りだよ。」

 露天商の親父は、そう言って立ち上がった。確かに露天商の親父は見すぼらしく、社会の敗者と言ってもおかしくない容姿をしていた。

 一緒にするな。男はそう言いたかったが、ぐっと気持ちを抑えて一言「じゃあな。」と言い、再び家路につこうとした。

その時だった。露天商の男がブルーシートの上にあった玩具のルーレットを男の胸に押し当ててきた。

 「お前さんにぴったりの商品だ。このルーレットは特別でな、朝起きてすぐに回せば面白いことが起こる。まぁ、使って見な。お代はいらねえよ。」

 そう言ってルーレットを手渡した露天商の親父は店を片付け始めた。

 次の日の朝。

 男はルーレットを目の前に置いて首を傾げていた。

 ルーレットに書かれた内容が明らかに昨日と違うのだ。昨日は、ルーレットの盤面に数字が書いてあった。しかし、今見てみるとそこには「赤信号だけ」「電車が遅れる」「パソコンが潰れる」「好きな子から食事の誘いがある」など、意味のわからない文章が並んでいた。

 男はその不思議なルーレットを見て少し怖くなった。しかし、ルーレットには人を惹きつける妙な魅力があった。男は恐怖よりも、好奇心の方が先行していた。

 男は徐ろにルーレットを回した。

 カラカラと小気味良い音を鳴らして、ルーレットは回り始めた。そして数秒後、ルーレットは「パソコンが潰れる」の所で針を止めた。直後、ルーレットの盤面は数字へと変わった。

 「なんだよこれは…。」

 首を傾げる男…。

 だが、後に男はこのルーレットに秘められた、とんでもない力に気がつくのだった。

 あれから数日経った。

 男は相変わらず毎朝ルーレットを回していた。

 ルーレットの力は、男にとって実に魅力的なものであった。

 なんとルーレットに書かれた内容は、その日に男が遭遇する”出来事”のリストであった。そしてルーレットを回すと、針の止まった所に書かれた”出来事”が消去される。その上、ルーレットの盤面に列挙された1日に起こる出来事は、殆ど全てが不幸な出来事であった。幸運な出来事は、通常のルーレットで0の書いてある所たった一つだけであった。いくら運が悪い男でも盤面に書かれた”出来事”は全部で37ポケット。単純計算でも一ヶ月と一週間に一度しかそこに針は止まらない。

 数多い男の不幸から、一つだけと言えど、不幸が消えるのである。不幸な星に生まれた男にとって、そのルーレットは神様からの贈り物以外の何者でもなかった。

 いつしかルーレットを回す事は男の習慣となった。朝起きて、枕元に置いたルーレットを毎日回す。その結果に一喜一憂する。不思議と大きな不幸が消去された時は、会社に行く足取りも軽く、仕事のやる気も俄然ちがった。

 時に男の回すルーレットは幸運を指す事もあった。1日の中から幸運な出来事が一つ消えるのである。しかし、もともと不幸な星の下に生まれてきた男の幸運なんぞ、とるに足らないものであった。そのため、男はなんら気を負わずにルーレットを回すことができた。

 ルーレットを回し始めて半年が過ぎた頃、男は再び露天商の親父を発見した。露天商の親父は、男を待ち伏せしていたようだった。

 「どうだい、あのルーレットの力は?いいだろ?でもな、あれはこの世のものじゃないんだ。だからそろそろ返してもらいてぇ。もう満足しただろ?」

 唐突に露天商の親父はそう言った。

 「は?なんでだよ。俺はもう貰ったって認識だったんだぞ。今更返せなんてふざけるなよ。」

 これほど素晴らしいルーレットを返す人間がどこにいるだろうか?男は吠えるように言った。

 「俺は一度返せって言ったんだ。何があっても知らんぞ。」

 露天商の親父は急に寂しげな顔をした。と思ったら、露天商の親父は闇の中に消えて言った。

 「あんないいもの返してたまるか。」

 男は吐き捨てるようにそう言って家路に着いた。

 さて、露天商の親父と再会した翌日のこと。男はいつもの通り、朝起きて早々にルーレットを回した。

 直後、男は発狂してしまう。

 頭をかきむしり、家の壁を殴り、大声で自分を罵った。

 それもそのはず、ルーレットが止まった所には、「宝くじ高額当選」と書いてあった。

ダリを真似る男

 昔サルバドール・ダリと言う芸術家がいた。

 彼は夢の中の世界をキャンパスに描こうとした。

 肘掛け椅子に座り、スプーンを持ち、キャンパスの前で眠りにつく。眠りに落ちると手の力が抜け、スプーンが床に落ちる。その音で目を覚ました彼は、キャンパスに筆を走らせた。こうして完成した名画が「記憶の固執」と言われている。

 

 ある日、芸術家Aが言った。

 「サルバドール・ダリは夢の中をキャンパスに描いた。なら俺は、「夢の中で眠る自分が見る夢」を描いて見せよう。」

 言ったはいいが、周りの芸術家たちは誰1人芸術家Aを相手にしなかった。

 それもそのはず、芸術家Aの作品は誰にも評価されていなかったのだ。芸術家Aの作品に買い手がつくことは珍しく、売れたとしても、その日のパン代が稼げればいいくらいのものであった。だが、芸術家Aは「夢の中で眠る自分が見る夢」を描くことは、成功への近道だと信じていた。この計画が成功しなければ、芸術家をやめようとすら考えていた。それほど芸術家Aはこの計画に全力を注いだ。

 芸術家Aは自宅でその計画を決行した。ダリと同じように肘掛け椅子に座り、スプーンを持ち、キャンパスの前で眠った。「夢の中で眠っている自分」を想像して…。

 自分が望む夢なんか見れるはずがない。

 誰しもがそう思った。しかし、芸術家Aの強い願いは通説すらも否定した。芸術家Aは「夢の中で眠っている自分が見る夢」を見たのである。

 スプーンの落ちる音で目を覚ました芸術家Aは、狂ったようにキャンパスに絵を描いた。完成した絵は、天国の絵か、地獄の絵か、はたまた別世界の絵なのか判断できない程、奇怪な絵であった。尋常ではない世界を描いたその作品は、瞬く間に有名な作品となった。

 その後も芸術家Aは「夢の中で眠っている自分が見る夢」の絵を書き続けた。パン代にしかならなかった芸術家Aの作品は値段が跳ね上がった。一番高い作品は、小さな家が一件購入できる程にまでなった。

 芸術家Aを取り巻く環境は劇的に変化した。世界中の芸術家が、世界中の金持ちが、そして世界中の有識者が、芸術家Aとの繋がりを欲した。人々は芸術家Aが次に生み出す作品を待ちわびた。

 芸術家Aの作品に対する期待が熱を帯びるに連れ、いつしか、芸術家Aは自分の表現のためではなく、作品を購入する客の為に絵を描くようになった。そして、芸術家Aは作品を際限なく量産するようになる。

 そんな活動を続けていた芸術家Aの末路は、誰もが容易に想像できるものであった。ある日を境に作品がぱったりと売れなくなってしまったのだ。原因はレアリティの低下だった。気がつけば、芸術家Aは作品を作りすぎていた。

 芸術家Aは再び以前の生活に逆戻りした。世界中の芸術家からは芸術を金に変えた男と揶揄され、世界中の金持ちは芸術家Aの作品に目を向けなくなった。そして、世界中の有識者達は、芸術家Aの作品を酷評するようになった。

 芸術家Aは苦悶した。

 「このままでは、私は金に飢えた芸術家としてみんなの記憶に刻まれてしまう。」

 芸術家Aは三日三晩寝ずに考えた。考えた末、芸術家Aは一つの答えにたどり着いた。

 「夢の中で眠る自分が見る夢の中で眠る自分が見る夢を書こう。」

 つまり、より深い夢の階層に潜り込み、その世界を描こうと試みたのだ。安直なアイデアであったが、芸術家Aのアイデアは再び脚光を浴びることとなった。

 「夢の中で眠る自分が見る夢の中で眠る自分が見る夢」は、以前描いた「夢の中で眠る自分が見る夢」よりも遥かに混沌とした作品となり、見るもの全てを混乱させる不思議な力を秘めた作品となった。

 以降、「夢の中で眠る自分が見る夢の中で眠る自分が見る夢」を書き続けた芸術家Aはその作風が飽きられる度に、さらに深い階層の夢を描くようになった。

 「夢の中で眠る自分が見る夢の中で眠る自分が見る夢の中で眠る自分が見る夢の中で眠る自分が見る夢の中で眠る自分が見る夢の中で眠る自分が見る夢の中眠る自分が見る夢…。」

 そして…。

 芸術家Aの精神は徐々に崩壊してく…。

 ある日、芸術家Aが

 「夢の中で眠る自分が見る夢の中で眠る自分が見る夢の中で眠る自分が見る夢の中で眠る自分が見る夢の中で眠る自分が見る夢の中で眠る自分が見る夢の中眠る自分が見る夢の中で眠る自分が見る夢の中で眠る自分が見る夢の中で眠る自分が見る夢の中で眠る自分が見る夢の中で眠る自分が見る夢…。」

 を描こうと眠りについた時の事。

 深い夢の階層に辿り着いた芸術家Aは、果たして自分が夢の中のどの階層にいるのかわからなくなってしまった。あまりの恐怖に焦った芸術家Aは、夢の奥深くで、自分の喉に筆軸を突き立て、強引に一つ上の階層へ戻ろうと試みた。夢の中で夢を見ている自分の喉に筆軸を突き刺すと、夢の中で夢を見ている芸術家Aは目を覚ました。芸術家Aは、夢の中で何度も何度も自分を傷つけ、目覚め続けた。

 数日後、芸術家Aの家を訪れた客人は恐ろしい光景を目にする。

 芸術家Aは、自分の喉に筆軸を突き立て、息絶えていた。

ある記憶

 自分でこんなことを言うのもなんだが、私の記憶力は異常だ。どんなことも忘れない。それは特殊能力といってもいい。

 この能力を私が意識し始めたのは小学校高学年になった頃だった。小学校も高学年になると学力に差が出る。物覚えの良い子と悪い子の区別がはっきりしてくるのがこの頃だ。そんな中、私はどの生徒も忘れてしまいそうな教科書の隅の単語も忘れなかったし、教師の発言したセリフを一語一句復唱することもできた。また、友人の多くが忘れている小学校低学年の頃の出来事もすべて覚えていた。

 「ほら、○○年〇〇月〇〇日の〇〇時頃の話なんだけど…。」

 驚くことに私の記憶力は日時も正確に記憶していた。信じられないことだが、私は365日の間に起こった出来事を、限りなく正確に記憶しているのだった。

 そんな特殊能力を持っていた私だったが、友人たちは皆、普通の人として接してくれた。山や川によく遊びに行き、時には友人の家でテレビゲームをし、時にはみんなで漫画を回し読みした。幼い頃の記憶は美しい。それは、私の少年時代も例外ではなかった。

 しかし、中学生になると、周りの友人達はあからさまに、私に対し、羨みの視線を送るようになった。何しろ、教科書の内容を一語一句覚えているのだ。社会科などの暗記科目はもちろんのこと、数学の公式も一度聞いただけで忘れない。暗記カードなんて使用したことがない。そんな私を同級生達は気味悪がり、羨んだ。

 また私にとって、受験戦争なんてものは存在しないに等しかった。どんなことでも正確に記憶できる私にとって、受験問題なんて稚拙とすらも言えた。

 

 高校は県内一位の学力を持つ高校に入学することができた。もちろんその中でも私は天才と言われた。この高校の生徒達は、尋常ではない学力を持った高校生であったが、彼らは私の記憶力の前ではあまりにも無力だった。たった一人の女子生徒を除いて…。

 その女子生徒は、優秀な生徒達の中でも特別に優秀な頭脳を持っていた。彼女は自尊心が高く、私をライバルと見ていたようだった。彼女は数学や国語(現代国語)と言った、暗記だけでは解ききれない問題において、私よりも良い成績を保持した。彼女が私をどういった目で見ようと、私は特に彼女を気にしなかった。私にとって勉強は取るに足らないものであったし、この頃の私は、他人の見せる妬みや羨みといった視線に慣れてしまっていたからだ。

 「あなたが記憶力の天才って言われている男ね。あなたは天才かもしれないけど、私はその天才を努力で追い抜いて見せるわ。必ず次の学力テストの一位は私が取るわ。」

 彼女が私にそう詰め寄ったことがある。私は彼女の感情を理解できなかった。順位なんて所詮数値の上のものでしかない。この高校でトップ5に入る生徒は間違いなく、普通の人間ではない。誰からも天才と言われる人間なのだ。一点や二点の差で一位二位争いをしていても、意味がないように思えた。私は彼女を相手にしないと心に決めたが、その日から私は彼女が気になり始めた。今思えばその気持ちは思春期特有の淡い恋心だったのかもしれない。

 彼女は昼休みも放課後も学校の図書館で勉強していた。勉強に関して努力をしたことがない私は、彼女が痛く不憫に思えた。青春の貴重な時間をバイトもせず、友達とも遊ばず、彼氏も作らず黙々と勉強するなんて、どうかしている。そんな風にも思うのだった。

 時に私は、一位の座を彼女に譲った。単純に小さなミスをしてしまい、彼女に負けてしまうこともあったが、私は彼女に一位を譲るため、一問か二問わざと間違えるようにした。私のこういった行為も恋心からきていたのかもしれない。

 

 高校生活も終わり、大学生活がやってきた。私は全国一の難関国立大学A大学に入学した。面白い事に、彼女も私と同じ大学に入学した。その上、学部まで一緒の学部を選んでいた。学力競争で常にトップに立っていた二人は、自然に国内一位の学力を誇るA大学のこの学部を選んだのだった。

 「やっぱりあなたこの大学にしたのね。この大学の、この学部以上に偏差値が高いとこってないから、そうするだろうと思った。あなた、また私のライバルになるのね。」

 そういう彼女の目はなぜか嬉しそうだった。私はにっこり笑った。

 「ああ。僕もあなたをライバルとして見るようにするよ。お互い頑張ろう。」

 私と彼女の深い付き合いはここから始まった。私たちは当たり前のようにお互いの下宿先を往復し、同じ風呂に一緒に入り、同じベットで就寝し、同じ時間を過ごした。私は幸せだった。最高に幸せな毎日を過ごしていた。

 しかし、二十才になり無事成人式を迎えた私は、自分の頭に小さな異変を感じた。初め感じた異変は針の先ほどの小さな異変だったが、よくよく確認して見ると、それは私にとって重大な異変だということがわかった。

 私は成人式の後、小学校の同窓会に出席した。みんな成人になり、酒を飲みながら思い出話に花を咲かせていた。私の隣に座っていた同窓生が酒を飲みながらこういった。

 「そういえばお前、小三の頃、先生の机に生きたアオダイショウを突っ込んで先生気絶させたよな。ありゃ最高だったよ。」

 私は何のことかわからなかった。どんなことでも記憶しているはずの私の脳はその思い出を覚えていなかった。他にも…。

 「小二の時の担任ってさ…。」

 「小四の授業は…。」

 すべて何を話しているのかわからなかった。同窓生の話す思い出話は、私の記憶には何一つ残っていなかった。ひょっとしたら、ここにいる同窓生達は、同窓生ではないのかもしれないとすら私は思った。奇妙な感覚だった。その日私は早めに家路につき、自分の記憶を探ってみることにした。そこで私は恐ろしい事実に気が付いた。

 私の記憶が消えているのだ。十歳より昔の記憶が綺麗さっぱり無くなっていた。いくら思い出そうと頭をひねっても十歳より昔の記憶を戻すことはできなかった。

 私は急に怖くなり、彼女を揺り起こし、この事実を知らせた。彼女は泣き出しそうな顔を作り、私を慰めてくれた。

 

 私は社会人になった。まだ彼女とは付き合い続けていた。

 幼き頃の記憶は戻ることはなかった。それどころか、空白の記憶は徐々に広がっているように思えた。

 私が二十代後半になった頃、私は彼女と出会った記憶をなくしてしまった。私は嘆き悲しんだ。しかし、不幸にもこのことがきっかけとなり、私は自分の記憶のメカニズムの謎が少しわかった。どうやら私の脳は過去十年分しか記憶できないようだ。十年前までの記憶は日時まではっきりしているが、十年以上前の記憶は頭の中から綺麗さっぱり消えてしまっていた。

 私は恐怖に包まれた。そして私は彼女にすぐこの事実を伝えた。彼女はすぐこう言った。

 「結婚しましょう。結婚して子供を作りましょう。この世に生きた証を残すのです。そうすれば十年間しか記憶力が続かないにしても、子供を見れば自分が何のために生きているのか確認することができる。」

 私たちはすぐ挙式を挙げた。こうして私たちの結婚生活は始まった。幸せな毎日だったが、常に私の内側には十年より古い記憶を喪失してしまう恐怖があった。私は常にその恐怖と戦っていた。

 子供は結婚後三年目に一人目が出来た。その翌年には二人目が出来、さらにその二年後には三人目が出来た。上から女、男、男の順番だった。

 私の生活は普通以外の何物でもなかった。子供を育て、小さな幸せを見つけ、仕事を通じて社会に貢献した。子供はすくすくと育った。生まれてきた順番に入学式や卒業式、文化祭や運動会。子供達の思春期は、家族が離れてしまいそうな事態にも陥ったが、なんとか切り抜けてきた。その後も、受験、就職、結婚と誰もが通る道筋を踏み間違えることなく通っていた。

 

 今も、私の記憶はやはり十年以上前の記憶が消えてしまっている。それでも、ここに集まってくれた妻、子、孫を見れば私がどんな人生を歩んできたのか大体の想像はつく。老体となった私の体は間も無くこの世から必要とされなくなるだろう。しかし、私は自信を持って最高の人生を全うしたと叫ぼうと思う。記憶がなくても、家族を見ればすべてがわかる。人生とはそんなものだ。

 妻、三人の子供、五人の孫。それぞれに感謝の気持ちを伝えたい。今まで本当にありがとう。私が生きた証はみんなの笑顔だ。私の葬式では笑顔を絶やしてはいけない。

 

 

 追伸

この手記は「妻の記憶」「三人の子供の記憶」を元に書いた私の想像の話だ。私の代わりに私の人生を記憶していてくれたことに重ねて感謝する。

おバカな泥棒

 「また捕まった?」

 窃盗団のリーダーAは驚きのあまりコーヒーをこぼしてしまった。

 「次は誰だ?」

 「鍵師のとっさんだそうです。」

 Bは項垂れ、言った。窃盗団と言っても、AとB以外にメンバーはいない。二人がいるこの部屋も月三万円、風呂トイレなしといったぼろアパートだった。お世辞にもルパン三世のような格好良さがあるとは言えない。

 「家に風が入ったかとっさんが入ったかわからない、って言われるほどの居空きのプロだぞあいつは。そのとっさんが捕まったのか?」

 Aは戸惑いが隠せないといった風だった。何より、とっさんはAの尊敬する居空きの一人だ。犯罪者を尊敬するとは妙な話だが、彼らの世界でもやはり腕のいい泥棒は尊敬されるのである。

 「こいつは只事じゃないですよ。とっさんが捕まったとなれば、警察のレベルが上がったってことで間違いないです。そろそろ足を洗うときかもしれませんね。」

 気が弱いBは言った。すぐに足を洗いたがるのはBの悪い癖だった。無論、空き巣としてはだが…。

 「馬鹿言え!俺たちはあくまでも窃盗団だ。警察のやつにしてやられて黙っていられるか!」

 AはBのセリフに激昂し、声を荒げた。リーダーシップはあるものの、感情のコントロールが下手なのがAだ。ちゃぶ台を殴ったAの拳はわなわなと震えていた。

 「第一、足を洗って何をするんだ?学歴なし、職歴なしの俺らを雇ってくれるとこなんて世界中を探しても見つからないよ。」

 「世界中探せば一つくらい見つかりそうだけど…。」

 Bの消え入りそうな一言を遮るように、AはギラリとBを睨んだ。Aに見捨てられると、Bは何もできない。自分をよく理解しているBは、すぐに口を横一文字に閉じた。

 「だいたいな、これから空き巣計画を立てようって時にそんな暗い話を持ってくるな。ほら、話を元に戻すぞ。次のターゲットはここだ。」

 Aはそう言って、地図を広げた。亀のように首を伸ばし、Bは地図を見る。逆さまから見ているので、首を思い切り曲げた。その姿は阿呆と言って間違いがない。

 「噂によると、ここの主人は銀行嫌いでな。すべての預金をタンスに入れてるって話だ。狙わない手はない。」

 「へへへ。腕がなりますね。」

 Bはヘラヘラ馬鹿のように笑った。Bの笑顔はいつもAを不安にさせる。Aは小さなため息をついた。

 

 数日後、AとBの二人はターゲットである家の前にいた。時刻は深夜二時。泣く子も黙る丑三つ時だ。当然、この数日間でこの家について調べを終えていた。

 ここの主人は、株などの有価証券で巨額の富を手に入れた資産家だ。普段家から出ずに、ずっとパソコンで市場の動きを確認している。寝る時間は十時頃。これだけの資産を持っているにもかかわらず、独身で彼女もいない。年は四十歳ちょうど。若ハゲで服のセンスはなく、一言で言うと「イケテナイ」。家の中は特別な警備がなく、金を持っているのに不用心この上ない。

その上、都合のいいことに、二日前からここの主人は旅行で家を空けていた。多少の現金は持って出ている可能性があるが、それでも二人が満足できる現金は置いているはずだ。さらに、絵画や時計などは持って旅行に行くわけにはいかない。金目のものは根こそぎ頂戴する予定だった。この道十数年の二人は抜け目がない。

 

 二人は塀を乗り越え、簡単に敷地内に侵入した。

 「よし、第一関門突破だ。しかし、これだけの屋敷なのに、セキュリティが甘いな。笑いが出るよ。」

 敷地内に忍び込むのは、何年経験を積んだとしても緊張する。しかし、その緊張感やスリルが実に心地よく、一度この体験をすると空き巣を止められなくなる。悦に入ったAは鼻で笑った。

 その時だった。庭の片隅に倉庫が立っているのに二人は気付いた。二人は吸い込まれるようにその倉庫に近づいた。

 「なんだこれ?調査した時にこんな倉庫あったか?」

 「いえ、僕も初めて見ました。なんですかねこれ?。」

 二人は首を傾げた。その倉庫は即席の倉庫だった。最近ここに運ばれてきたに違いない。その証拠に、真っ白に塗られた金属の壁はピカピカに輝いていた。大きさは、縦二メートルに横五メートル奥行き二メートルといったところか。

 「やたら気になりませんか?」

 Bは言った。

 「お前もか?俺もなぜかやたらと気になるんだ。これだけの金持ちが、ホームセンターに置いてあるような安物の倉庫なんて買うか?明らかにこの倉庫だけ周りの雰囲気に合ってない。その上この倉庫、電子音が鳴ってるよな?耳を凝らして聞いてみろ。」

 確かにその倉庫はウイーンと小さな電子音が鳴っていた。

 「確かに変な音がなりますね…。中を見てみますか。」

 Bは吸い込まれるように倉庫に手をやった。

 「もしかしたら、すごい額のお金がこの中にあるかもしれませんぜ。開けましょう。」

 Bの言葉にAは素直に頷いた。百戦錬磨の二人だ。もちろん、どこかでこの倉庫が怪しいとは思っていた。しかし、二人はどうしてもその中身を見たくて仕方がなかった。

 しばらく倉庫を眺めていた二人だったが、好奇心に負け、そっとドアを開けた。

 「何も見えませんね。」

 中は真っ暗で何も見えない。しかし、二人の好奇心はとどまることを知らなかった。

 「お前、先行って様子を見てこい。」

 「僕がですか?勘弁してくださいよ。行くなら二人で入りましょう。」

 BはAの手をぐいっと引っ張った…。

 

 「どうですか、弊社の開発したセキュリティシステムは?これならどんな泥棒もイチコロですよ。おかげさまで方々から好評いただいております。」

 セールスマンの男はまた金持ちの家に営業をかけていた。

 「これはぬすっとホイホイって言いましてね。近くを歩く人間の汗や心音を感知して、緊張した人間を見つけるんです。緊張している人間っていうのは特別な脳波が出ていることが最近の研究で明らかになってまして。その脳波に合わせた電波を放出するんですね。その電波が泥棒をおびき寄せ、侵入した泥棒を、特殊な粘着テープを張った床で捕まえるんです。ほら、この間も空き巣が捕まりましたよね?これもこの製品の手柄なんですよ。」

 セールスマンが出した新聞には、鍵師のとっさんが写っていた。

中毒者

 この話は別世界にある「日本」という国で起こった話である。

 国中の人間たちがストレスを抱えて生活する時代になった。電車は田舎に行っても満員で、仕事は必要以上のサービスを要求される。また、せっかく自分で稼いだ金も税金でごっそり持っていかれる始末…。大人だけではない。幼い子供であってもお受験に習い事…。老若男女、ストレスの原因をあげれば気がないほどであった。人々は、少しでもストレスを軽減させようと、心の拠り所を探していた。

 そんな中、とある研究者Aがとんでもない論文を発表した。人間は幼い頃から過度のストレスを受け続けると、必ず何らかの中毒に陥るというのだ。その上、なんの中毒になるかは遺伝子に元々組み込まれており、子々孫々、その中毒は受け継がれていく。さらに、中毒を回避する方法は存在しないということであった。

 アル中や薬物中毒、ニコチン中毒は当然ながら、中には暴力中毒やセックス中毒など厄介な中毒もあった。

 人々は、子供を作るパートナーを容姿や性格ではなく、遺伝子で選ぶようになった。何しろ、厄介な中毒が遺伝していくのだ。誰しもが、遺伝子検査を受け、「誰にも迷惑をかけない中毒遺伝子」を持った人間をパートナーに選んだ。

 そうなると「元々厄介な中毒遺伝子を持った人々は、子供を作れなくなったのか?」という疑問が残る。いやいや、そんなことはない。彼らは彼らで子供を作り続けた。

 そこには自然に差別が生まれた。親が子供に「○○さんの子とは遊んじゃダメ」だとか「××さんに近寄ってはいけない」だとか言い聞かせるようになった。

 いつしか日本の中に、有害中毒者街と言われる集落ができた。その集落はどんどん広がっていき、市町村単位まで拡大した。

 こうなると政府は黙っていられない。論文を発表した研究者Aを含む政府関係者は、この社会現象を解決すべく日夜話し合いを始めた。いろいろな案が出た。「有害中毒者街の人間はパイプカットさせろ」だの、「有害中毒者街の周りにフェンスをしき、住人たちを隔離しよう」だの、その内容は人権無視といえた。しかし、日本には憲法がある。その中で基本的人権が謳ってある限り、そんなことは不可能であった。そんな中、研究者Aは非常に簡単な法律案を出した。

 「単純に刑罰を重くしてみればどうでしょう?今まで懲役刑で済むような犯罪を死刑にするとか、そういったことをすればさすがに有害中毒者達も犯罪を犯さないのではないですか?」

 その場にいた政治家や研究者は長い議論で疲れ果てていた。そのため、その意見に強い魅力を感じた。

 果たして、研究者Aの意見は採用され、日本の刑法は大きく変わった。これによって犯罪は減って行くだろうと思われた。

 しかし…。

 犯罪は一向に減らなかった。死刑になる人間達が増えただけだった。政府は急いで新たな法律を作り、死刑執行人を募集した。犯罪者の数に対して、執行人の数が圧倒的に足りなくなったのだ。だが、いくら刑罰だと言っても、人の命を奪うことに変わりはない。好き好んで死刑執行人になりたい人はあまりいなかった。募集をかけたところで、そんなに多く執行人候補は集まらず、死刑執行人の給料を上げても、人員はなかなか確保できなかった。

 また、あの研究者Aが言った。

 「いくら刑の執行と言っても人を殺すことに変わりはない。それをやすやすと引き受ける人間もそう多くないことでしょう。私が言い出した法律だ。責任をとって、私が死刑執行人の一人になりましょう。」

 死刑執行人は多すぎても困ることがないような状況だった。研究者Aは翌日に死刑執行人となった。

 

 死刑になる人々は増え続けた。給料が良いという理由で、死刑執行人になった人達は、多くの人を殺した罪の深さに精神を疲弊させ、続々と退職していった。

 そんな中、研究者Aだけはケロリとした顔で死刑を執行し続けていた。人々は彼を「悪魔」「鬼畜」「外道」など様々なあだ名で揶揄した。

 

 ある日、一人の男が、死刑執行をする研究者Aの信じられない独り言を聞いた。

 「ふふふ。殺人は実に気持ちいい。」

 研究者Aは生粋の殺人中毒者だった。

魔法のポット

 ある路地裏に小さな電気ポットが捨ててあった。花柄で一昔前のデザインをしたそのポットの外見は非常に美しく…、というよりも新品と同じ輝きを持っていた。まるで次のオーナーを探しているかのようだった。

 ある日の夜、サラリーマンの男が、ほろ酔い気分でそのポットが捨ててある路地に入った。尿意を催したのだ。男は勢いよくアルコールの入った尿を、ポットのそばで撒き散らした。

 股間のチャックを閉め、いざ家路に着こうと踵を返したとき、ポットが男の目に飛び込んだ。

 「なんだこれ、新品じゃないか。」

 そう呟きながら男はポットを持ち上げ、シゲシゲとポットを顔に近づけて確認した。傷一つなかった。

 「こりゃ得したな。ネットで新品って嘘ついて売れば小遣いになるじゃないか。デザインもなかなか洒落てる。」

 そう言いながら、数千円に変化するであろうポットを撫でた。

 その時…。

 

 ボンッ!

 

 と、突然ポットが勢いよく開いた。硫黄くさい煙を撒き散らし、あたりは真っ白になった。男は咳き込みながら、煙を追い払うようにブンブンと腕を振り回した。

 ようやく煙が消えた時、目の前に小汚い中年が立っていた。禿げた頭皮に大きなホクロが乗った鼻。小麦色というより土気色の肌。ニヤッと笑うと、ガチャガチャの歯がむき出しになった。服装はシャツにステテコに草履。部屋着といえる服装だった。

 目の前に突然見知らぬ中年現れたにもかかわらず、男は微塵も恐怖を感じなかった。むしろ男は、その中年の小汚い格好に優越感を感じ、鼻で中年を笑った。

 「お前が俺をよんだのか?」

 「は?呼ぶ?」

 いきなり現れた中年にお前と言われ、男は少しムッとした。中年は構わず続けた。

 「さっきポットをこすったじゃないか。そのポットをこすると俺を呼んだことになるんだよ。見渡すとここにはお前さん以外いないようだ。だとすればお前さんが俺を呼んだに違いない。」

 中年は格好から想像できる通り、鄙俗で下品な言葉遣いで、誰にでもできる推理を男に披露した。

 男はその話を聞いて、アラビアンナイトを連想した。中年の登場の仕方はアラビンナイトに酷似している。魔法のランプがポットになったのと、中身が少しへんてこりんな中年だという点が違うが、ひょっとすればこいつはものすごい力を持っているかもしれない。そうだ、人は見かけによらない。男は期待に胸が膨らんだ。

 「お前、ひょっとしてアラビアンナイトを想像しているだろ?」

 男の心の内を見透かしたかのように中年はいった。笑うときの歯が真っ黄色で不快だった。

 「俺を呼び出した奴らは全員がアラビアンナイトを想像するんだよな。確かに登場方法はそっくりだが、俺はお前の欲を満たすために登場したんじゃないよ。逆だ。むしろ俺は、お前を不幸にするために出てきたんだ。」

 さあ、全然違う方向に話が進み始めたぞ。男は眉間にしわを寄せ、首を傾げた。

 「じゃ、あなたはアラビアンナイトに出てくるような魔人ではないのですか?」

 中年はかっかっかと大笑いしてこう言った。

 「俺はお前を不幸のどん底に陥れるために出てきたんだよ。俺に名前はないが、みんな俺を悪魔って呼んでるよ。」

 「でも悪魔って黒くて尻尾が尖っていて牙が鋭い姿をしているのではないのですか?しかもそんなに下品な話し方をするなんて私の思っている悪魔とは随分違うようなのですが…。」

 「お前もそんなこと信じてたのか?それはお前ら人間が、どこから仕入れたかわからないガセネタを信じてるだけだ。さて、お前さんを不幸にするからな。」

 男は一歩後ずさりした。中年は運動ができなさそうな体型をしている。このまま走り去ったら逃げれる気がしないでもなかった。

 「おっと、逃げようってたってそうはいかないよ。俺はどこまでもついていく。何しろ悪魔だからな。安心しろ。俺ができることは男女の恋仲をぶっ潰すことだけだ。これも知られていないが、悪魔は愛を破壊することしかできない。それ以外の力はお前ら人間が勝手に想像したガセネタだ。だからパートナーがいない連中にとって俺は無害だ。もしお前に女がいなければ俺はさっさと消えてやる。しかし…待てよ…。」

 中年は目をカッと開いた。

 「お前女がいるな。やった、お前の愛をぶっ潰してやる。覚悟しろよ。もう俺を止めることはできないぞ。はははははははははは…。」

 中年は一人勝手に大笑いをし、一瞬、真っ赤に光ったかと思うと、その場から消えてしまった。

 一人取り残された男はその場に立ちすくんだ。中年が勝手に盛り上がって、勝手に消えていったので、どう反応すべきかわからなかったのだ。

 「俺の愛が一つ消えたのか…。」

 男は肩を落としてその場を後にした。その後ろ姿には哀愁が漂っていた。

 

 さて、数か月後。息を弾ませた男は、またあのポットを目的に路地裏を訪れた。

 「なんて便利なんだよこのポットは。」

 男は浮気も不倫も平気な生粋の遊び人だった。

 男は迷いなくポットをこすった。

間抜けな兵士

 とある国に、戦争兵器・武器の大好きな学生がいた。彼は学校が休みになると、隣町にあるミリタリーショップに通い、様々な戦争兵器のレプリカを買った。戦争兵器は、彼にとって非常に魅力的で、格好良く見えた。彼の夢は、いつか戦闘で本物の戦争兵器を使ってみることだった。

 

 数年経っても世界は平和なままだった。彼も社会人になった。社会人になっても、彼の戦争兵器好きは止まることがなく、コレクションはどんどん増え続けた。彼は仕事終わりや休みになると、頭の中で戦争兵器を使うシュミレーションを繰り返すのが習慣になった。空想の中で殺した敵の数は数百人にもなった。

 

 彼が25を迎えた時、待ちに待った世界大戦が起こった。彼はすぐに志願兵になり、戦争に参加することにした。彼は自分の手で多くの敵を倒したかったので、最前線に立つことを強く希望した。彼はこの日のために、日々イメージトレーニングをし、筋トレも欠かさなかった。

 まだ若く、健康体であった彼は、希望通り戦争の最前線に行くことができた。彼は大喜びで戦地に赴いた。

 

 彼は戦闘センスに優れていた。

 

 何年も続けていたイメージトレーニングのおかげか、勘が鋭く、敵がどこにいるのかすぐに見つけることができた。さらに、何年も続けたイメージトレーニングのためか、射撃の腕が優れていた。狙った獲物は百発百中で、戦友たちを驚かせた。彼は人を殺すために生まれたかのように、夢中で敵を殺し続けた。その数は数百人。瞬く間に彼は英雄となった。

 

 彼が英雄となった要因に、敵の殺傷数が関係していることはもちろんだが、実は他にも大きな要因があった。彼は戦争兵器のデザインに執着していたのだ。最新の戦争兵器が配給されたのにもかかわらず、彼はデザインがいいというだけで、一昔前の戦争兵器を使い続けていた。もちろん機能は大きく落ちる。しかし、彼は旧式の兵器を愛し、その兵器で敵を殺し続けていた。もちろん、普通の人ならすぐに敵に殺されているだろう。

 国中のメディアが彼を取り上げた。彼にはファンクラブができた。また、ミニタリーショップに彼モデルの戦争兵器レプリカが並んだ。国の人々は彼を「神童」と呼び、賞賛の言葉を口にした。

 

 彼はインタビューでこう答えた。

 

 「今時、戦争兵器は機能だけではいけないのです。デザイン、機能の二つのバランスが取れてこそ完璧な戦争兵器と言える。特にオールドデザインの兵器を私は好みます。ヴィンテージはいい。古いというだけでロマンを感じる。そんな古い兵器を使って大丈夫かって?心配ご無用。私が戦争兵器を手にすれば、機能がいくら粗悪であっても、一度に100人の敵を殺してみせますよ。」

 

 彼の言葉は説得力があった。次第に人々は、彼がどれだけ古い兵器で人を殺せるのか期待するようになった。彼は国民の期待に沿うべく、使う兵器をどんどん旧式の兵器に変えていった。

 調子に乗った彼はさらに敵の死体を増やしていった。彼はいくら古い兵器を使用しても、多くの敵兵を殺し、帰還してくる。有言実行する彼を人々は次第に「神童」から「鬼の子」と呼ぶようになった。

 

 しかし、彼も無敵ではなかった。あと少しで殺人数が1000人になろうとした頃、あっさりと戦死してしまった。国の誰もが彼の死を悲しんだ。各新聞は「神童の死」「無念、神の子の最期」「天才の残した戦歴」など様々な見出しを一面に書いた。しかし、彼の死の理由はどこにも書いてなかった。敵に斬り殺されたのか、撃ち殺されたのか、はたまた地雷を踏んでしまったのか。国民は何も知らされることがなかった。

 

 彼が死んだニュースが流れた同日、彼は敵側のメディアにも取り上げられた。敵側の新聞に、小さい記事が載った。

 

「間抜けな兵士 戦地でとても間抜けな兵士を見つけた。よほど自信があったのか、彼はたった一人で我らが軍の中に突っ込んできた。彼は遠くから一発の銃を撃った。その一発は見事兵士の頭に命中し、一人の兵士を殺したが、その直後、銃を撃った敵兵も動かなくなった。おかしいと思い、兵士の一人が敵兵の様子を望遠鏡で確認すると、彼はうずくまって、何かしている。その姿はあまりにも隙だらけだった。我らが軍は隙だらけの敵兵をすぐさま射ち殺し、何をしていたのか確認をした。すると、彼の横には火縄銃が落ちていた。我らも舐められたものだ。」